【西金砂登山マラソン大会】
P5 ~ 6
P12
P13
P16
P21
P22
… P2 ~ 4
月号
12
No.673
平成 29 年(2017)おめでとうございます ………
ひたちおおたの逸品 ………
エコミュージアム通信 ………
インフォメーション ………
園児たちのスマイル ………
オオタスポーツ/はじめての誕生日 ………
特 集
平
成
19
年
8
月
、
常
陸
太
田
市
・
秋
田
市
・
仙
北
市
は
連
携
交
流
提
携
を
結
び
ま
し
た
。
こ
れ
は
、
戦
国
時
代
、
現
在
の
常
陸
太
田
市
を
本
拠
地
と
し
た
大
名
佐
竹
氏
が
、
秋
田
へ
国
替
え
と
な
っ
た
歴
史
に
基
づ
く
縁
に
よ
る
も
の
で
す
。
4
0
0
年
以
上
の
時
を
経
て
も
途
絶
え
る
こ
と
の
な
い
佐
竹
氏
の
歴
史
へ
の
思
い
が
、
現
代
の
私
た
ち
を
つ
な
ぎ
、
交
流
に
結
び
付
け
て
く
れ
て
い
ま
す
。
今
年
、
連
携
交
流
提
携
10
周
年
を
迎
え
、
11
月
11
日
に
記
念
式
典
お
よ
び
交
流
会
が
行
わ
れ
、
三
市
の
市
長
・
議
長
を
は
じ
め
、
各
市
の
伝
統
芸
能
を
守
り
継
い
で
い
る
団
体
や
佐
竹
氏
関
連
の
団
体
が
交
流
を
深
め
ま
し
た
。
ま
た
、
11
月
11
日
・
12
日
の
二
日
間
、
常
陸
秋
そ
ば
フ
ェ
ス
テ
ィ
バ
ル
里
山
フ
ェ
ア
の
会
場
で
は
、
子
ど
も
天
神
ば
や
し
や
秋
田
竿
燈
、
角
館
の
飾
山
囃
子
と
手
踊
り
が
披
露
さ
れ
、
三
市
の
伝
統
芸
能
を
一
堂
に
見
る
こ
と
が
で
き
る
貴
重
な
機
会
と
な
り
ま
し
た
。
三
市
の
交
流
式
典
写
真
11
日
の
記
念
式
典
で
、
三
市
の
各
市
長
・
議
長
が
常
陸
太
田
市
・
秋
田
市
・
仙
北
市
連
携
交
流
共
同
宣
言
書
に
署
名
し
ま
し
た
。
大
久
保
市
長
は
あ
い
さ
つ
の
中
で
「
今
後
と
も
お
互
い
の
歴
史
や
文
化
を
大
切
に
し
な
が
ら
、
佐
竹
氏
の
歴
史
を
縁
と
す
る
交
流
と
信
頼
の
絆
を
次
の
世
代
に
着
実
に
引
き
継
い
で
ま
い
り
ま
す
」
と
話
し
、
三
市
の
つ
な
が
り
を
未
来
へ
つ
な
い
で
い
く
こ
と
を
誓
い
ま
し
た
。
金
砂
大
田
楽
写
真
佐竹氏はこの地の文化の 基盤となっていると思いま す。佐竹氏の歴史を学ぶこ とで、これまでの文化が今 の生活につながっているこ とを知り、秋田をはじめ地 域内外の方とさらに交流が 深まると思い、歴史講座な どを行っています。これか らは、馬坂城址の保存整備 を進め、地域内外の方に城 址を知ってもらうことで交 流を促進し、地域を元気に していきたいです。佐竹氏 発祥の地として、佐竹寺や 佐竹小など佐竹の名の残る 地域として、郷土への誇り や愛着心を土台にして、人 と人のつながりを作ってい きたいと思っています。
佐竹の郷輝きプロジェクト 委員会会長 土田惣一さん
署名を終えて固い握手を交わす三市の市長と議長
左から大久保太一常陸太田市長、穂積志秋田市長、門脇光浩仙北市長、
益子慎哉常陸太田市議会議長、小林一夫秋田市議会議長、青柳宗五郎仙北市議会議長
交流会で披露された東金砂神社田楽舞
交流会で披露された天神ばやしの演奏
8 年前から久米城跡の整 備を進めてきましたが、こ のたびの 10 周年記念行事 のおかげで、仙北市の皆さ んを久米に案内する機会を 得ました。佐竹氏が秋田に 移って約 400 年になりま すが、仙北市の皆さんをお 迎えして、なぜか親戚のよ うななつかしい思いがしま した。今回は短い時間でし たので、これを機に今後ま すます交流の輪が広がるこ とを願っています。また、 10 周年を記念し、常陸太 田市と仙北市との絆の証と して角館の枝垂れ桜の苗木 2 本が仙北市教育委員会か ら寄贈されました。久米城 本城跡に植樹しましたの で、ぜひ見にきてください。
未来へつなぐ久米城跡 保存会代表 岩間昭さん
久米城本城跡に植樹された 枝垂れ桜
絆
を
未
来
へ
引
き
継
ぐ
た
め
佐竹由来の 人々にとって 常陸太田は非 常 に シ ン ボ リックな場所 で す。 戊 辰 戦 争が終わった と き、 佐 竹 氏 が 秋 田 に 転 封 さ れ て か ら 260 年 も 経 っ
ているのに常陸に戻る人がいたというの は、思いがいつまでも残っているという こと。常陸太田は我々にとっては故郷な んです。ここに来ると常陸太田の方々の もてなそうという気持ちもひしひしと伝 わってきます。我々は民間で交流してい ますが、民間も行政も一緒になって盛り 上げていけたらと思います。
金砂郷町時 代 に 民 泊 を し た こ と が あり、とても 歓迎をしても らったことが 忘れられませ ん。佐竹さん つながりで三 つの市が交流 できているの
はすばらしいことだと思います。私は手 踊りという伝統芸能をつなげるためにが んばって活動していますが、今日は孫と 一緒に参加できました。伝統を次の世代 へ、そして秋田市、常陸太田市にも伝え ていけることがうれしいです。三市には ともに笑えるような家族のようなつなが りを作っていってほしいですね。
秋月会・藤美会 代表 藤原ミサ子さん 久保田城址歴史案内
ボランティアの会 会長 小国裕美さん
秋田竿燈㊧と角館祭りのやま行事の曳山㊨の展示
三市連携交流提携
10 周年を記念して
さまざまな事業が
行われました
飾山囃子と手踊り(仙北市)秋田竿燈(秋田市)
✿おめでとうございます
✿
✿
瑞
宝
単
光
章
瑞
宝
双
光
章
舟橋正郎 氏(落合町)
元常陸太田消防団分団長。永年 にわたり消防団活動に尽力され た。
吉村伸一 氏(磯部町)
元公立小学校長。永年にわたり 教育の発展に尽力された。
秋
の
叙
勲
秋
の
叙
勲
川又さち子氏(亀作町)
回春荘病院看護助手。永年にわ たり保健衛生の推進に尽力され た。
江尻智子氏(中城町) 元各種統計調査員。永年にわた り国勢調査をはじめとした統計 調査に尽力された。
平根喜八郎氏(山下町)
元常陸太田市議。永年にわたり 地方自治の推進に尽力された。
瑞
宝
単
光
章
瑞
宝
単
光
章
旭
日
双
光
章
✿
✿
秋
の
叙
勲
秋
の
叙
勲
秋
の
叙
勲
永年にわたり、公共に対し功労のあった
方や社会の各分野において尽力された方に
贈られる「秋の叙勲」がこのほど発表され、
本市からは次の方々が受章されました。
叙勲
叙勲
11
月
9
日
、
地
域
の
住
民
自
治
組
織
の
発
展
に
努
め
、
住
民
福
祉
の
向
上
と
豊
か
で
明
る
い
社
会
づ
く
り
の
推
進
に
大
き
く
貢
献
さ
れ
た
と
し
て
、
谷
河
原
町
会
長
の
篠
原
勝
幸
さ
ん
が
全
国
自
治
会
連
合
会
表
彰
を
受
賞
し
ま
し
た
。
篠
原
さ
ん
は
平
成
16
年
4
月
か
ら
町
会
長
を
務
め
て
お
り
、
平
成
27
年
か
ら
29
年
ま
で
茨
城
県
自
治
会
連
合
会
の
会
長
と
し
て
、
全
国
自
治
会
連
合
会
の
活
動
に
も
尽
力
し
、
安
心
・
安
全
を
め
ざ
し
た
住
み
よ
い
ま
ち
づ
く
り
に
寄
与
さ
れ
ま
し
た
。
10
月
10
日
、
県
民
文
化
セ
ン
タ
ー
で
行
わ
れ
た
地
域
安
全
茨
城
県
民
大
会
で
島
根
良
雄
さ
ん
(
大
里
町
)
が
警
察
庁
長
官
・
全
国
防
犯
協
会
連
合
会
長
連
名
表
彰
(
防
犯
栄
誉
銀
章
)
を
受
け
ま
し
た
。
ま
た
、
地
域
安
全
功
労
者
と
し
て
西
小
沢
地
区
子
ど
も
を
見
守
る
会
の
冨
岡
勝
紀
さ
ん
(
内
田
町
)、
地
域
安
全
ボ
ラ
ン
テ
ィ
ア
団
体
と
し
て
大
森
町
自
警
団
が
そ
れ
ぞ
れ
県
警
察
本
部
長
・
県
防
犯
協
会
理
事
長
連
名
表
彰
を
受
け
ま
し
た
。
全
国
自
治
会
連
合
会
表
彰
受
賞
地
域
安
全
茨
城
県
民
大
会
で
表
彰
✿
✿
篠原勝幸さん✿おめでとうございます
10
月
29
日
、
水
戸
市
内
で
行
わ
れ
た
第
2
回
水
戸
黄
門
漫
遊
マ
ラ
ソ
ン
の
女
子
70
歳
以
上
の
部
に
、
只
野
百
合
子
さ
ん
(
磯
部
町
)
が
出
場
し
、
4
時
間
37
分
44
秒
の
記
録
で
見
事
に
準
優
勝
し
ま
し
た
。
只
野
さ
ん
は
レ
ー
ス
後
「
今
回
は
台
風
の
中
で
の
レ
ー
ス
で
し
た
が
、
多
勢
で
走
る
喜
び
と
た
く
ま
し
さ
に
感
激
し
ま
し
た
。
傘
を
さ
し
て
応
援
し
て
く
れ
た
沿
道
の
方
と
ボ
ラ
ン
テ
ィ
ア
の
方
に
は
大
い
に
感
謝
で
す
。
達
成
感
の
あ
る
、思
い
出
深
い
レ
ー
ス
に
な
り
ま
し
た
」と
語
っ
て
く
れ
ま
し
た
。
水
戸
黄
門
漫
遊
マ
ラ
ソ
ン
で
2
位
✿
佐竹バレーボールスポーツ少年団の皆さん
県
国
土
緑
化
運
動
・
育
樹
運
動
標
語
コ
ン
ク
ー
ル
に
お
い
て
、
磯
野
葉
月
さ
ん
(
世
矢
中
3
年
)
の
標
語
「
広
げ
よ
う
未
来
に
繋
が
る
緑
の
輪
」
が
中
学
校
の
部
で
特
選
(
県
知
事
賞
)
を
受
賞
し
ま
し
た
。
県
国
土
緑
化
運
動
・
育
樹
運
動
標
語
コ
ン
ク
ー
ル
に
お
い
て
、
増
子
陽
大
さ
ん
(
太
田
小
5
年
)
の
標
語
「
育
て
よ
う
森
は
未
来
の
宝
物
」
が
小
学
校
の
部
で
(
公
社
)
県
緑
化
推
進
機
構
会
長
賞
を
受
賞
し
ま
し
た
。
10
月
28
日
・
29
日
、
常
陸
大
宮
市
西
部
総
合
公
園
体
育
館
な
ど
で
行
わ
れ
た
、
茨
城
県
小
学
生
バ
レ
ー
ボ
ー
ル
選
手
権
大
会
女
子
の
部
に
お
い
て
佐
竹
バ
レ
ー
ボ
ー
ル
ス
ポ
ー
ツ
少
年
団
が
見
事
優
勝
し
ま
し
た
。
ま
た
、
11
月
25
日
・
26
日
に
埼
玉
県
で
行
わ
れ
た
関
東
小
学
生
バ
レ
ー
ボ
ー
ル
大
会
に
県
代
表
と
し
て
出
場
し
ま
し
た
。
県
国
土
緑
化
運
動
・
育
樹
運
動
標
語
コ
ン
ク
ー
ル
で
特
選
県
国
土
緑
化
運
動
・
育
樹
運
動
標
語
コ
ン
ク
ー
ル
で
入
選
バ
レ
ー
ボ
ー
ル
県
大
会
で
優
勝
✿
✿
✿
磯野葉月さん増子陽大さん
夏休みに取り組みま した。テレビで最近森 が減っていることを知 り、考えました。入選 してお父さんお母さん もすごく喜んでくれま した。
いろいろな世代の人 みんなで作っていくこ とをイメージして、小 さい子にも伝わるよう に難しい言葉を使わず 「緑の輪」としました。
T OPICS
City events Hitachiota
10
月
30
日
~
11
月
15
日
、
秋
季
全
国
火
災
予
防
運
動
に
伴
い
、
総
合
福
祉
会
館
と
消
防
本
部
で
「
火
災
予
防
ポ
ス
タ
ー
お
よ
び
防
火
標
語
展
示
会
」
を
開
催
し
ま
し
た
。
市
内
小
・
中
学
校
か
ら
応
募
さ
れ
た
火
災
予
防
ポ
ス
タ
ー
1
4
9
作
品
と
防
火
標
語
1
4
4
作
品
を
展
示
し
、
訪
れ
た
方
に
火
災
予
防
の
大
切
さ
を
呼
び
か
け
ま
し
た
。
な
お
、
優
秀
賞
と
な
っ
た
岩
間
陸
玖
さ
ん
(
郡
戸
小
6
年
)
の
防
火
標
語
「
火
は
便
利
し
か
し
時
に
は
危
険
物
」
が
、
平
成
30
年
の
市
防
火
標
語
と
な
り
ま
し
た
。
太
田
支
団
第
1
分
団
(
木
崎
二
町
)
と
金
砂
郷
支
団
第
3
分
団
第
1
部
(
高
柿
町
)
の
消
防
ポ
ン
プ
自
動
車
が
新
型
車
両
に
な
り
、
9
月
10
日
に
運
用
を
開
始
し
ま
し
た
。
新
型
車
両
に
は
最
新
の
機
器
が
搭
載
さ
れ
て
お
り
、
機
動
性
と
機
能
性
を
兼
ね
そ
ろ
え
て
い
ま
す
。
ま
た
、
太
田
支
団
第
8
分
団
第
2
部
(
島
町
)
の
小
型
動
力
ポ
ン
プ
積
載
車
が
救
助
資
機
材
・
小
型
動
力
ポ
ン
プ
搭
載
多
機
能
車
(
総
務
省
消
防
庁
無
償
貸
付
車
両
)
に
な
り
、
11
月
12
日
に
運
用
を
開
始
し
ま
し
た
。
こ
の
車
両
は
、
消
火
資
機
材
の
ほ
か
、
救
助
資
機
材
(
エ
ン
ジ
ン
カ
ッ
タ
ー
、
チ
ェ
ー
ン
ソ
ー
等
)
を
装
備
し
た
多
機
能
型
車
両
で
す
。
配
備
を
受
け
た
分
団
長
た
ち
は
「
最
新
鋭
の
消
防
自
動
車
を
地
域
住
民
の
た
め
に
最
大
限
に
活
用
し
た
い
」
と
抱
負
を
述
べ
ま
し
た
。
金砂郷支団第3分団第1部の皆さんと 新型車両
太田支団第8分団第2部の皆さんと無償 貸与された多機能型車両
思い思いの絵や言葉で防火を呼びかけた
太田ネフロクリニックの上野院長に よる講演会の様子
血圧・血管年齢・脳年齢測定など も行った
火
災
予
防
ポ
ス
タ
ー
と
防
火
標
語
展
示
会
消
防
団
車
両
を
更
新
10
月
28
日
、
総
合
福
祉
会
館
で
健
康
ま
つ
り
が
行
わ
れ
ま
し
た
。
こ
れ
は
、
楽
し
み
な
が
ら
健
康
に
つ
い
て
考
え
る
た
め
に
毎
年
開
催
さ
れ
て
い
る
も
の
で
、
今
年
は
約
7
0
0
人
が
来
場
。
イ
ベ
ン
ト
で
は
、
動
脈
硬
化
予
防
に
つ
い
て
の
講
演
会
や
運
動
に
関
す
る
ワ
ー
ク
シ
ョ
ッ
プ
、
検
診
な
ど
が
行
わ
れ
ま
し
た
。
健
康
ま
つ
り
T OPICS
City events Hitachiota
11
月
19
日
~
25
日
、
公
募
型
と
し
て
は
全
国
で
初
と
な
る
自
動
運
転
サ
ー
ビ
ス
の
実
証
実
験
が
道
の
駅
ひ
た
ち
お
お
た
を
拠
点
と
し
て
行
わ
れ
ま
し
た
。
こ
れ
は
、
高
齢
化
が
進
行
す
る
中
山
間
地
に
お
け
る
人
流
・
物
流
を
確
保
す
る
た
め
の
社
会
実
験
。
道
の
駅
ひ
た
ち
お
お
た
を
発
着
と
し
、
下
河
合
町
内
の
約
3
㎞
の
コ
ー
ス
を
実
験
車
両
が
1
日
6
便
走
行
し
ま
し
た
。
乗
車
モ
ニ
タ
ー
と
し
て
、
地
元
の
方
や
幸
久
小
の
児
童
が
乗
車
し
た
ほ
か
、
高
速
バ
ス
を
活
用
し
た
貨
客
混
載
事
業
と
の
連
携
に
よ
る
農
作
物
の
集
荷
・
配
送
実
験
も
行
い
ま
し
た
。
ま
た
、
18
日
に
は
実
験
の
開
始
式
が
盛
大
に
開
催
さ
れ
、
石
井
国
土
交
通
大
臣
や
梶
山
地
方
創
生
担
当
大
臣
、
大
井
川
県
知
事
を
は
じ
め
、
多
く
の
来
賓
が
出
席
し
、
テ
ー
プ
カ
ッ
ト
や
実
験
車
両
の
試
乗
会
な
ど
が
行
わ
れ
ま
し
た
。
自
動
運
転
サ
ー
ビ
ス
実
証
実
験
11
月
8
日
、
老
人
福
祉
の
さ
ら
な
る
増
進
を
図
る
こ
と
を
目
的
と
し
て
市
老
人
福
祉
大
会
が
行
わ
れ
、
市
内
老
人
ク
ラ
ブ
か
ら
約
8
0
0
人
が
参
加
し
ま
し
た
。
式
典
で
は
、
多
年
に
わ
た
り
地
域
の
老
人
ク
ラ
ブ
役
員
等
と
し
て
、
ク
ラ
ブ
の
運
営
と
発
展
に
貢
献
さ
れ
た
61
人
の
方
々
に
表
彰
状
・
感
謝
状
が
贈
呈
さ
れ
ま
し
た
。
ま
た
、
式
典
後
は
、
保
育
園
児
の
発
表
や
、
市
社
会
福
祉
協
議
会
の
福
地
常
務
理
事
に
よ
る「
在
宅
介
護
」
に
関
す
る
講
話
、
老
人
ク
ラ
ブ
会
員
の
芸
能
発
表
で
大
い
に
盛
り
上
が
り
ま
し
た
。
自慢の一芸発表で盛り上がりました
市
老
人
福
祉
大
会
11
月
1
日
、
市
と
郵
便
局
と
の
地
域
に
お
け
る
協
力
に
関
す
る
協
定
を
締
結
し
ま
し
た
。
こ
の
協
定
は
安
心
し
て
暮
ら
せ
る
地
域
づ
く
り
を
目
的
に
締
結
さ
れ
た
も
の
で
、
今
後
、
郵
便
局
職
員
が
郵
便
物
の
配
達
中
等
に
発
見
し
た
道
路
の
損
傷
や
廃
棄
物
の
不
法
投
棄
、
危
険
家
屋
等
に
関
す
る
情
報
を
市
に
提
供
し
て
い
た
だ
き
ま
す
。
ま
た
、
災
害
発
生
時
に
は
郵
便
車
両
の
貸
し
出
し
や
避
難
所
に
お
け
る
臨
時
郵
便
差
出
箱
の
設
置
な
ど
を
行
い
、
協
力
し
て
住
み
よ
い
ま
ち
づ
く
り
を
目
指
し
て
い
き
ま
す
。
左から青砥常陸太田郵便局総務課長、立原常 陸太田郵便局長、大久保市長、石井上小川郵 便局長、福地松平郵便局長
郵
便
局
と
地
域
に
お
け
る
協
力
協
定
を
締
結
実験に参加した幸久小3年の皆さん
田村市 福島市
郡山市 喜多方市
いわき市
栃木県
里美地区
水府地区
常陸太田地区
金砂郷地区
①
②
④
③
⑤
⑥
⑦
⑧
⑪
⑫
⑩
⑨
⑲
⑬
⑭
⑯
⑮
⑰
⑱
⑳
㉑
市では現在、原子力災害の発生に備えて、「市原子力災害広域避難計画」の策定を進めています。
広域避難計画は、東日本大震災による福島第一原子力発電所の原子力事故を教訓に、原子力施設から半径 30Km 圏内の市町村が策定することとされ、当市は、日本原子力発電(株)東海第二発電所の原子力災害に備え、市内
全域を避難対象とした計画を策定しています。この計画には、「町内ごとの避難先」や「避難経路」、「避難所」、「避
難手段」を定めます。また、事故発生時から放射性物質の環境への放出に至るまでの防護措置や避難の方法につ いて定めます。
平成 30 年1月4日木までパブリック・コメントを実施中です。計画の詳細は、防災対策課、情報政策課、各 支所地域振興課で公表している資料、または市ホームページをご覧ください。
[ 計画の内容 ]
○避難対象区域 ○避難先および避難経路 ○防護措置 ○一般住民の避難 ○要配慮者の避難
○学校・幼稚園・保育園の児童・園児等の避難 ○一時滞在者の避難
○避難状況の確認 ○情報の伝達手段
○安定ヨウ素剤の配布・服用 ○避難所の開設と運営
【各地区の避難先】
《常陸太田地区》 ①会津坂下町 ②湯川村 ③会津美里町 ④下郷町 ⑤天栄村 ⑥西郷村 ⑦白河市 ⑧鏡石町 ⑨矢吹町 ⑩泉崎村 ⑪中島村 ⑫浅川町 ⑬棚倉町 《金 砂 郷 地 区》 ⑭玉川村 ⑮平田村 ⑯石川町
《水 府 地 区》 ⑰大子町 ⑱矢祭町
《里 美 地 区》 ⑲塙町 ⑳鮫川村 ㉑古殿町
*町内別避難先等の詳細は、公表資料をご覧ください。
『市原子力災害広域避難計画』を策定しています
問防災対策課(内線 351)
問少子化・人口減少対策課(内線 314・346)
堀口です。この季節は「枯葉」という曲をよくサックスで吹きます!私も枯れ葉の気分。 そして梨畑も枯れ葉のじゅうたんに様変わりです。さてさて、今年の収穫は !? と言うと ... 無 事に終了。収穫から納品を妻と手分けして必死に行いました。農業の大変さ、楽しさ、やり がいを学びました。11 月半ばからは、剪定作業 (^-^) 去年の剪定はチンプンカン プンで憂鬱でしたが、今年は楽しみでワクワクしています!来年度は、さらなる 想いで頑張ります! 話は変わりますが、世矢ふれあい芸能ショーにオールディー ズバンドで出演しました。皆さん 「 あ~ら、懐かしいわね」と喜んでくれて嬉し かったです!! 「 あ~ら、梨美味しいわね」
とも言ってもらえるように頑張ります。梨、 音楽活動ともどもよろしくお願いします(^-^)
福岡県出身、沖縄県から第2子の誕生を機に本市に移住。 平成 28 年4月に就任し、今年8月「果樹園 晴陽」として独立。
埼玉県出身。平成 27 年9月に就任。 市の農業を広く体験した後、現在は梨の栽培に取り組む。
竹村です。梨の収穫が終わり、蕎麦の収穫をして玉ねぎを植えてみました。足りな い道具がありすぎて、近隣の方々にお世話になりっぱなしで感謝しかありません。
ところで、英語を必要とする方ってどれくらいいますか?今、英語教室や翻訳など 英語を使った仕事をやりたいと思っています。私ではなく妻が。そう、私結
婚することになりました。妻は学校の先生で、日本語・英語・タガログ語・ ビサヤ語の3カ国4言語が書けて、話せます。 愛知県在住ですが、常陸太田市の環境を気に 入って来年の春に引っ越してきます。この場を 借りての報告になり大変恐縮ですが、今後は夫 婦ともどもよろしくお願いします。
Autumn Leaves ~枯葉~の季節
結婚を機に新たなチャレンジ
世矢ふれあい芸能ショーでの演奏の様子
収穫したてのそば
農業分野
農業分野
堀口剛
西山荘は茨城県指定の史跡でしたが、平成 28 年3月に国の史跡および名勝に指 定されました。名勝とは芸術上または観賞上価値の高い庭園、峡谷、山岳などの名 勝地のことで、県内では偕楽園(常磐公園)や袋田の滝が国の指定になっています。 国指定に当たって、うっそうとした雰囲気であった御殿周りの景観を、徳川光圀 が住んでいた時代の姿に戻そうと木の伐採を進めた結果、雰囲気が変わったねとい う声も聞かれるようになりました。では、実際に光圀が住んでいた元禄時代の姿は どのような様子だったのでしょうか。
御殿の建物と庭園は、山を削って平地を作る造成工事を行った場所に造られた と考えられます。「…山あいの木をきり、草をかり、土を平らかにして…」という記録もあり、御殿と守護宅の 裏にみられる「キリキシ」と呼ばれる崖は山を削った痕跡です。また、『ひたち帯』という資料には「御庭を歩 いた…常夏さゆり 夏菊など垣に分かれて見所が多い…」と記されており、花が多かったことをうかがい知るこ とができます。江戸時代は建築材料や燃料としての木材の需要が多く、木の伐採が進
められていたため、御殿の周りもうっそうとした森ではなかったと考えられます。 御殿前に広がる庭園は丘陵が迫り、その下に池と水路、築山、そして滝を配してお り、御殿の中から見ることを意識したつくりとなっています。この庭園こそ光圀が求 めていた理想郷の姿を表現したものなのではないでしょうか。御殿前の庭園の木を伐 採したことで庭園に奥行きを感じられるようになりました。今度西山荘に行った際に は、建物を背にして、光圀が鑑賞していた庭園の雰囲気もぜひ味わってみてください。
問文化課(72‐3201)
4
西山御殿跡(西山荘)
渡部 智穂
2013年10月から開始された本事業では、現在、市内に1人の芸術家が滞在し地域の皆さんと一緒に多岐に わたる活動を展開しています。
アーティストへのお問い合わせは、少子化・人口減少対策課までお願いします(内線314・346/ fax 72-3002) ホームページ : hitachiota-air.com /FBページ : facebook.com/air.hitachiota
【3年間、ありがとうございました!】
12月で常陸太田アーティスト・イン・レジデンスでの活動が任期満了を迎えます。
あっという間の3年間。たくさんの出会いと学びに恵まれ、子どもたちとのワークショ
ップを中心とした活動を行ってきました。就任当初は、まさか自分が子どもたちとこ
んなにもたくさんの時間を共にするとは思っていませんでした。地域の懐の深さ、
豊かさに支えられ、たくさんのチャレンジを実現することができました。
常陸太田市からは離れてしまいますが、私の美術家としての活動に新たな展開を
与えてくれた、この時間とたくさんの方々との出会いに感謝しております。3年間あり
がとうございました。
主に直売を中心に完熟した摘みたて のイチゴを販売しています。常陸太田 地域イチゴ経営研究会として、市内で は3人が活動をしています。常陸太田 の気候は寒暖の差や日照もあり、雪な どもあまりないのでイチゴづくりに適 していると思います。美味しいイチゴ の見分け方は、ヘタが反っているかど
市内には優れた農林水産物や加工品などが数多く あります。その中から市の特産品認証制度で認証 された特産品を紹介していきます。
問市特産品推進協議会事務局 (販売流通対策課 内線 662)
made in
Hitachiota
逸 品
イチゴ(とちおとめ・ひたち姫・いばらキッス)
とちおとめ ひたち姫 いばらキッス
糖度が高めでほど よい酸味。果汁が 豊富で果実がしっ
糖度が高く、酸味 が少ない。とちお とめよりやわらか
糖度が高く、酸味 とのバランスが良 く食味が濃厚。適
年末年始の休業日
○デイリーヤマザキ 通常営業
○その他の店舗 平成 30 年 1 月 1 日月・2 日火
営業時間(道の駅) 午前 9 時~午後 6 時
←道の駅の情報と イベント詳細は こちら
天せいろそば 1,000 円 常 陸 秋 そ ば を 100% 使 用 し た二八そばに、地元産の野菜 のかき揚げを添えたそばです。 ボリューム満点のかき揚げと、 香り高いそばを堪能できます。 店主 和田範政さん
「常陸太田の玄関口である道の 駅で、常陸太田の特産品であ る常陸秋そばをたくさんの方 に知ってもらい、味わっても らうために頑張っています」
申 問道の駅ひたちおおた(常陸太田産業振興㈱☎85‐6888 /ホームページ http://www.hitachiota-michinoeki.
jp/page/dir000002 /メール [email protected] / FAX85‐6877)/問販売流通対策課(内線 661)
店主が自ら水府愛農会の代表として水府地区で蕎麦栽培を手が け、種蒔き・収穫・石臼製粉までの一貫生産を確立。挽きたて・ 打ちたて・茹でたての「三たて」と「常陸秋そば」本来の味・ 香り・風味が楽しめます。
手打ちそば処
夢
む げ ん
玄
フードコート特集 Part
1
店主のイチオシ!
職人のそば打ちが店頭で!
黄門の郷
ठ
ॆ
ढ
ध
ఞॉ
今
月
は
新
宿
町
上
新宿町上は国道 293 号にある西山桃源橋 から見て北方向にあり、極楽寺跡は桃源橋か ら1㎞ほど入った山間にあります。極楽寺 は、頭ずはくしょうにん白上人が永正 12(1515)年ごろに建 てたと言われており、その一角に大日本史編 さんに関わった佐さ っ さ む ね き よ々宗淳(通称介すけさん)の継 室淡お ご お河の墓があります。墓碑には、「十竹居士
継室淡河氏之墓」と記されています。淡河は佐々宗淳の後妻で、酒井越 前家に仕えた後に宗淳に嫁ぎました。男子はなく二女をもうけましたが、
宗淳とは 24 歳の差があり、宗淳に先立たれ た一カ月後の元禄 11(1698)年、35 歳で 不ふ ろ う ざ わ老沢にてその一生を終えました。正宗寺に 埋葬されている宗淳とは、夫婦でありながら なぜ埋葬の地を異なる場所にしたのかは不明 です。
ग़॥গش४॔ৢਦ
文化課エコミュージアム推進室 ☎72-3201
10 月 15 日、高柿のお宝さがしが行われ、地元住民のほかエコミュージアム活動推進委員や学生ボランティ
アなど約 80 人が参加しました。当日は雨模様でしたが、3班に分かれて高柿城跡や冨ふ じ や ま士山など地域にある大切
な風景や今まで気付かなかった魅力を歩いて調べるお宝さがしを行い、発見したお宝をマップにまとめました。 参加者からは「ふるさとの歴史や文化を再発見できた」「お宝を生かして地域を盛り上げることができたら良い と強く思った」などの感想がありました。
高柿のお宝さがし(高柿町)
紹介者 新宿町上
尾崎勤
さん極 楽 寺 と
淡河の墓
僕たちもお参りしたよ
みんないい笑顔です
みんなマップづくりに真剣です
極 楽 寺 開 祖 上 人 碑。 歴代の上人が眠る
継室淡お ご お河の墓 ※淡河の読みについては諸説あります
次回のちょっと寄り 道は 2 月号に掲載し ます。お楽しみに !
久米小学校
児童数: 269 人鴨志田 悟 校長問教育委員会指導室(内線 539・561)
6
夢に向かって、共に学び共に高め合う久米っ子の育成
一人ひとりが主役となり、安心して学べる学級、学校となるように「心すくすく」「学びいきいき」「体 ぐんぐん」の3つのプランを柱に教育活動に取り組んでいます。
特に「学びいきいき」プランでは、地域の方をお招きしたり児童が 地域に出かけたりして、地域のすばらしさを体験する「地域と学ぶプ ロジェクト」を行っています。例えば、かな料紙制作の体験をしたり、 地域の施設に育てた花を届けたり、地域の祭に参加したりと充実した 体験をしています。将来、地域を背負っていく子どもたちは、地域へ の愛着を感じながらのびのびと育っています。
保存会の皆さんに地域の文化遺産「久 米城跡」を案内してもらい、悠久の昔 に思いを馳せた
保護者や地域の方も参加した県警察音 楽隊の演奏会では、みんなで感動する 時間を過ごした
「久米の郷住み良い地域をつくる会」 の企画で高齢者の皆さんと行ったグラ ウンドゴルフの交流会
全児童の夢が書かれた夢ロケット
保
健
推
進
員
と
と
も
に
健
康
づ
く
り
に
取
り
組
む
地
域
の
活
動
を
ご
紹
介
し
ま
す
。
今
回
は
、
下
利
員
町
で
お
話
を
お
聞
き
し
ま
し
た
。
下利員町
問
健
康
vol.6
健康でGO!
下
利
員
町
で
は
、
平
成
27
年
に
保
健
推
進
重
点
地
区
活
動
に
取
り
組
み
ま
し
た
。
そ
れ
以
前
か
ら
月
に
1
回
サ
ロ
ン
会
と
称
し
て
地
域
の
方
で
集
ま
っ
て
い
て
、
ま
た
、
毎
週
月
曜
日
に
は
体
操
教
室
を
行
っ
て
い
た
こ
と
が
現
在
の
活
動
に
続
い
て
い
ま
す
。
6
人
の
シ
ル
バ
ー
リ
ハ
ビ
リ
指
導
士
の
指
導
の
も
と
、
シ
ル
バ
ー
リ
ハ
ビ
リ
体
操
、
ス
ク
エ
ア
ス
テ
ッ
プ
、
ロ
コ
モ
体
操
な
ど
さ
ま
ざ
ま
な
体
操
で
体
を
動
か
し
ま
す
。
参
加
者
は
幅
広
く
60
代
か
ら
1
0
3
歳
の
方
ま
で
い
て
、
親
子
で
参
加
し
て
い
る
方
も
い
ま
す
。
親
の
世
代
の
方
々
が
と
に
か
く
お
元
気
で
、
子
の
世
代
の
目
標
に
な
っ
て
い
ま
す
。
ま
た
、
親
の
世
代
は
み
ん
な
と
同
じ
体
操
を
一
緒
に
で
き
る
こ
と
が
う
れ
し
い
と
言
っ
て
、
楽
し
み
に
来
て
く
れ
ま
す
。
体
力
測
定
を
す
る
と
体
力
的
に
は
20
歳
~
30
歳
若
い
方
ば
か
り
で
、
足
が
上
が
る
よ
た
と
か
た
な
ど
う
声
が
動
会
で
い
て
、
の
が
プラトーさとみ
①
森林浴スポット
⑤
ミズナラ
④
馬力神
③
風車
スタート・ゴール
牧場記念碑
至 ふれあい牧場
至 県道 22 号線
釣り堀センター
板 内 内板 案内板
遊歩道
②
案内板
案内板
案内板
N
馬力神
牧場記念碑の正面にあ るミズナラが案内板と なっている
モミジ・カエデロードと名付けたい ぐらいに、モミジ・カエデ・マユミ などが植生する森林浴スポット
平成4年オープンした宿泊や飲食 も楽しめる施設。冬季期間は、木 曜休業
ボランティアグル-プにより整備 されている遊歩道にある風の丘か らは、遠くの山々が望める。運が 良ければ初日の出が見られるかも
森林浴スポット
遊歩道
プラトーさとみ ミズナラ
今回は「自然の宝庫」である里美牧場・プラトー里美周辺の散策に出発します。里美地区は、古来より良馬の産 地として名声を維持してきました。明治に入り国有林を借り受けて放牧場としたのが里美牧場の始まりと言われて
います。周辺の山々に目を向けると、北は妙見山・三さ ん こ む ろ鈷室山、西は八溝山、冬場は条件が整えば富士山も見ること
ができます。また、イロハモミジ・ハウチワカエデなどが色づく季節は森林浴に最適です。さらに、夜には星空を 楽しむこともできます。皆さんも見どころが凝縮されたこの地をゆっくりと歩いてみてはいかがでしょうか。
※今回の散策は、金砂大田楽研究会発行「常陸太田を歩こう・歴史と自然 50 コース」を参考にしました。
市内の自然・史跡や特産品なども交えて見どころをお伝えしながら、地 元の身近なウォーキングコースを紹介していきます。意外と知られて いない名所や素晴らしい自然を巡りながら、皆さんも歩いてみませんか。
ひたちおおた
て
く
て
く
ウォーク
☎72-3201)72
(☎ 01
文化課エコミュージアム推進室(☎72-3201)
③
⑤
②
①
④
距離:約6km 所要時間:2時間半
里美牧場・プラトーさとみハイキングコース
里美牧場・プラトーさとみハイキングコース
距離:約6km 所要時間:2時間半
馬の供養のために建てられた碑。石 の上に生えているような樹木の間に 祭られている
リンドウ
マユミ
ヒヨドリジョウゴ
案内してくれた エコミュージアム